2015年12月3日木曜日

SUICIDE IS PAINLESS アーバンギャルド「平成死亡遊戯」のPVをRECしましたーー!

Through early morning fog I see
visions of the things to be
the pains that are withheld for me
I realize and I can see...

that suicide is painless
it brings on many changes
and I can take or leave it if I please.
I try to find a way to make
all our little joys relate
without that ever-present hate

(SUICIDE IS PAINLESS from 映画「M☆A☆S☆H」より)


アーティストが僕等に与えてくれる最大の副音は

死を肯定するためのヴィションを描いてくれる事だと僕は思っています

弱くて意気地なしで
でも強欲(GREEDY!!!)で
SELF ESTEEMが低いのに自意識過剰な僕(そして貴方は)

死に立ち向かう事ができない

死を直視する事ができない

死を自分の一部として認識することができない


アーバンギャルドの楽曲はいつも聴き手に
「キミにとって死はどういう意味を持つんだ?!」という命題を
投げかけてくれる手榴弾で!!


平成27年でもあり昭和90年でもある今
アーバンギャルドからの「死に対する答え」その最新バージョンが
「平成死亡遊戯」なのではないか???


今回アーバンギャルドのPV史においても異色なこの作品を制作させていただくにあたり
僕が勝手にコアだと考えたのはそこでした。


前作の「ラブレター燃ゆ」のエントリーでも書かせていただきましたが


天地(あめつち)を動かす歌 アーバンギャルド「ラブレター燃ゆ」のPVを制作しましたー!!


今回もこのPVを制作するにあたり松永天馬氏からはこーーんなリクエストが!!


「この曲のモチーフは1990年代にカリスマ化されて、その後亡くなった〇〇〇〇です」



「映像のスタイルとしては映画"LOVE&POP"を考えています」


LOVE&POP!!!!!

原作は村上龍氏
そしてエヴァンゲリオンの庵野秀明監督が
がその時代の少女達が放っていた「デストロイ&メランコリー」な空気感を丸ごとパッケージングした実写映画!







この映画が話題になった時期、僕がADとして働いていたアダルトビデオの現場は
リスカ痕だらけで、摂食障害で、援助交際経験アリな女の子ばかりでした。



でも僕はそーーーいうおんなのこ達が大好きでした。


今のSNS系おんなのこ達には想像もできないかもですが
SNSという「自撮ツール」を手にする前、
デッドエンドな女の子達には「リストカット」と「援助交際」という
二つの選択肢しか自分の中にある「未定義なジブン」を肯定してくれるツールはありませんでした。



今のワタシを撮ってくれないならワタシは明日死にます


そんな女の子達だらけだったのが「平成死亡遊戯」のモチーフになっている
LOVE&POPな時期だったと思います。


そんなL&Pな時代のおんなのこ達は自らの手首を切り裂いて、見知らぬ誰かとSEXして
いつでも自分が死の横にある事を認識したけれどスマホを手に入れた昭和90年の女の子は??????


円光やリストカットという手法によって未定義な自己を相対化できた時代より
2015年は「死を肯定する」手段が曖昧になっていると思います。

今回PVにキャスティングさせていただいた

黒宮れい様




Maison Book Girlの矢川葵サン




少女閣下のインターナショナルの羊戸ひなチャン





はそれぞれ2015年における少女の死の在り様をグラデーションで体現している女の子達です。



そしてもう一つ、この「平成死亡遊戯」という楽曲においてコアな事は!

「ラブレター燃ゆ」のPV制作の時におもしろかったことが一つあって。それは
僕はメンバーの方々のキャラクターを引き立たせるための女優さんを二人ぐらいキャスティングしようと思っていたのですが
松永氏より「この曲はメンバーだけで構成したいです!!」とリクエストがあった所。


あーーーーなるほど! 確かに今までのアーバンギャルドのPVは基本的にメンバーだけ
ギリギリで人形化されたオブジェだったりファンの方々しか出てこないよなぁーーと
それはつまり「自らの世界観から外れるものは一ミリたりとも入れない!」という事なわけで
すごくアーバンギャルド的な強さだなぁーーーと思いました。

ところが!!今回の「平成死亡遊戯」では最初から狙いが「LOVE&POP」!!!
しかも「曲のテーマに合う女の子達のキャスティングをお願いします」
と全然違ーーーーーーう!!



それはどういう意味を持つんだろう??


この事が僕的には「平成死亡遊戯」という楽曲が持つ、そしてアーバンギャルドという
BANDにとってこの曲が持つ意味の最大のテーマだ、と。


うーーーーん・・・・・れい様は絶対に入れるとして色々なキャスティングを考えている時に
そそそそそそそそうか!! 僕はハタと気づきました。



「平成死亡遊戯」でやりたい事それはBANDの世界観、そして楽曲をもっと外へ届けようとする意志だ



と!!!


このPVの最終チェック中に松永氏はこう言っていました

「絶対に今、多くの女の子達は浜崎にこういった歌を唄ってもらいたいはずだと思うんです」


アーバンギャルドの世界観、「死に対する答え」をファンの方々を超えて
多くの人達に「開放」する事。


ポップミュージックとしてあまりにも正しいこの開かれた強さ。


それを可能にしたのはこの曲の作曲者でもあるおおくぼけい様のアーバンギャルドに対する
俯瞰した視点だと思います。
(と僕が確信できるのはPVの最終チェックには松永氏とけい様に立ち会っていただいたのですが
完成後の夕食時、けい様による松永氏批評がことごとく正しかったからです!!)



自撮のその先へ、鬱くしいその先へ



この「平成死亡遊戯」はアーバンギャルドの楽曲史上、もっとも優しくそして残酷な歌で


「生」と「死」、二つのアンビバレントな位相を
浜崎女史のとんでもなく美しいボーカリゼーションによって
音楽という、そしてアーバンギャルドという表現メディアでしかできない手法で明確に繋いでいるからこそ
この曲はアーバンギャルドの楽曲群の中でも特出してポップな
今後のアーバンギャルドの方向性の指針となる楽曲になっていると思います。




LOVE&POPという視点からデストロイ&メランコリーな直接性へと繋ぐPVにさせていただいたのは
そうした「平成死亡遊戯」という楽曲が持つポップミュージックとしての
強さをより多くの人達へ届けよう。
これはアーバンギャルドの新章を告げる「開かれた」素晴らしいポップソングだと勝手に思い
こうしたPVとなりました。



であるがゆえに今回の「平成死亡遊戯」はメンバーの姿がワンカットもない
コトバとメロディーとサウンドと
そして「今」を生きる女の子達の姿だけが聴き手の耳と心臓とココロを直撃する
こうしたPVとなりました。



自著である「自撮者たち」で松永氏はこう宣言しています。



「ねぇ、これからどうする?」

「革命を起こすわ」

「どうやって?」


その答えがこの「平成死亡遊戯」には唄われていると僕は思うのです。







 





















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